囚われる人2

「バカがバカじゃなくなる日」連載2回目。

もう20年以上前の大学時代、いろいろな意味で「バカ」だった僕は、美咲(仮名)という女性との大恋愛によって、「まとも」になっていく様を描いたエッセイです。

連載1回目をご覧になっていない場合は、ぜひ先にそちらからお読みくださいね。

1.「バカ」はチャンスを台無しにする

美咲とのキスはドラマのワンシーンのようだったと、当時の僕は思っていた。

もちろん、寝ている相手にいきなりキスをしているわけだから警察を呼ばれても文句は言えない行動だったし、実際には何となくのキスがドラマのようなキスなわけはない。

ただ、3年後の美咲も「あのキスはまあ割と印象的だった」と言っていた。

何より、キスをしてくれた時点で、彼女にとって僕の「容姿」「清潔感」などは合格ラインに入るという証明である。

もう少し正確に言えば「生理的に受け付けない」というわけではないようだ。

断っておくが、別に僕の「容姿」「清潔感」が優れているのではなく、美咲はあまりそういったことにこだわらない女だったと思う。

だが、せっかく生まれたそんなチャンスを、僕は台無しにすることになる。

美咲とキスをして僕が最初に考えたのは、「なぜ彼女がキスをしたのか」ということである。

まあ普通の人だったら、そこまでは考えるかもしれない。

だが僕は、すぐに行動を起こしてしまう人間だった。

「今、大丈夫?」

当時はスマホもガラケーなどの携帯はなかったので、主流だったポケベルにそうメッセージを送った。

ポケベルはこんな感じのものです。

ポケベル

出典:JIJI.COM(時事通信社)ポケベル、半世紀の歴史に幕=30日でサービス終了

「大丈夫だよ」

返事はすぐに来た。

「この前のことなんだけど……」

と僕はポケベルで切り出す。

返事が返ってくるまでに少しの間が空いた。

「何のこと?」

美咲からはとぼけるようにそう返ってきた。

僕はストレートにメッセージを送る。

「何でキスしたの?」

かなりの間があった。

ようやくきた返事は、たった一言、「無神経」だった。

冷静に思い返せば、「そんな恥ずかしいこと訊かないで。野暮な人ね」という意味だったのかもしれない。

しかし、当時の僕はそのままの意味で捉えてしまった。

ムッとした僕はすぐさま自宅へ電話をかける。

「もしもし?」

「あ、俺だけど」

「あ、アズタ……」

僕だと分かった途端に彼女の声のトーンはがくんと落ちる。

「なあ、無神経って意味が分からないんだけど」

「…………」

「お前の方が無神経だろ! 何でキスしたんだよ!?」

僕はいきなりキレ気味で言い放った。

自分で言うのもなんだが、彼女のどこが無神経なのか全く分からない。

「それは……何となく……」

彼女の台詞に僕はまた腹を立てる。

「何となくって何だよ! 好きでもない奴とお前はすぐにキスをするのか!?」

大きなため息が受話器から聞こえてきた。

僕はまたカチンときた。

「ちゃんと答えろよ!」

「……なんか、男と女が逆だね」

「は?」

「まあ、とにかく、ごめんなさい」

「謝るくらいなら……」

「ごめんね……」

そこで電話は途切れた。

2.「バカ」の行動は予期できない

さて、僕はその後、彼女とのやりとりを思い返す。

それも正確に思い返すのではなく、都合のいいように解釈した。

そもそもキスするくらいなんだから、美咲はわりと俺のことが好きなんだろう。

それに、電話ではああ言っていたが、気持ちをうまく伝えられなくて謝ったんだなぁ、うんうん……。

我ながら、どこをどうやったらそんな解釈ができるのだろうか、かなり恥ずかしい。

挙句に僕は、その後どう思ったかは覚えていないが、3日後くらいには「俺は美咲のことが好きだ」などと結論を出していた。

今の時代で言えば、ストーカー的な発想だろう、危険すぎる。

ただ、ちょっとでも優しくされるとすぐに好きになってしまうタイプの人は一定以上いると思う。

特に「淋しい」ときは。

当時の僕はまさにそのタイプだった。

 

そして僕は我を忘れ、4日後から彼女に猛アタックをかけ始めるのである。

いろいろなジャンルで「行動は正義」と言われるが、実際にはそんなことはない。

特に恋愛・人間関係の場合、「何も行動しないことが正義」という場面はかなりある。

気が付いていたけど「何も言わない」「そっとしておいた」方が優しいと感じる人も多いと思う。

行動はときに「自分勝手」を象徴してしまうことがあるので。

実際に僕の美咲との恋愛は、0からのスタートではなく、マイナス10くらいからのスタートとなってしまった。

すぐに行動するバカ、いや、バカだからすぐに行動するのかは分からないが、バカはいたる所で損をしてしまう。

心当たりがある方は、是非気をつけてほしい。

ちなみに、のちのち美咲に聞いた話だが、「あの時何でキスしたのかを訊かれなかったら、あんたを好きになるまで3年も掛らなかったかもね」と言っていた。

完全な思い込みや孤独感から、自分勝手な都合で美咲を好きになって以来、僕は彼女にしょっちゅう電話し、デートに誘った。

「なあ、中華食いに行こうぜ」

「お金ない」

「おごるよ」

「え? う、うん……中華かぁ……」

「な、な、いいだろ。俺、うまい店知ってるんだ」

「うーん……やっぱやめとく」

通称「モノ釣り作戦」

彼女が美味しい物に弱いのは知っている。でも、なかなか釣れない。

仕方がないので「とにかく告白作戦」に切り替える。

ちなみに当時の僕はこの2つの作戦しか知らない。

「なあ、いいかげん俺にしたら?」

「…………」

「俺、お前のことすげぇ好きなんだぜ」

「そんなこと言われても……」

「なんで? 俺のどこがいけないんだ!」

「……はぁ。自分じゃあ分かんないよね」

「何言ってんだ!? 分かってないのはお前だろ! 俺とデートすれば、絶対俺の良さが分かるはずだよ! チャンスをくれてもいいだろ!?」

「…………」

彼女と知り合って一年。

今さらチャンスもクソもないだろう、とその時美咲は考えていたことだろう。

僕のように「人を好きになるメカニズム」を勘違いしている人がたまにいる。

  • デートで恋人のように振舞えば自分を好きになってくれる。
  • いつもとは違う自分の一面を見てもらえれば好きになってくれる。
  • 自分の長所・カッコイイところ・カワイイところを見せれば好きになってもらえる。

そう考えている人は大きな間違いだ。

だってそんなメカニズムは存在しない。

少し正確に言えば、「人を好きになるポイントは、人によって全然ちがう」、という身も蓋もない結論になる。

脳科学でも心理学でも、たしかに人を好きになる傾向は研究されているが、どちらの分野においても「人それぞれ」になってしまう。

というか「自分を見せよう(魅せよう)」と強く考えること自体が誤りで、そのことに囚われれば囚われるほど、「相手がどんな人を好きなのか」を理解することができなくなってしまう。

 

話しを戻そう。

僕は「モノ釣り作戦」「とにかく告白作戦」を続けたが、全く効果がなかった。

さすがにバカな僕でも、これほど拒否が続くと「今のままの自分ではダメだ」ということにようやく気がつき始めた。

3.他人からみた自分とのギャップ

そんな時、まさに僕の成長のきっかけとなるでき事が起きた。

独り暮らしをしている、かっつん(仮名)の家に遊びに行ったときのことだ。

かっつんも同じ部活なので、美咲やビンさん、タカピーのことも知っている。

「なあ、アズタ、この本読んでみ」

かっつんが僕に見せてくれたのは「九つの性格」という本だった。

「何これ?」

「まあ、とにかく読んでみてよ……いや、それより、冒頭の心理テストを先にやった方がいいかも」

「心理テスト? おお、なんか面白そうだね」

冒頭に書かれた心理テストは、全部で180の質問があった。その質問に、イェスかノーで答えるだけだ。

  • 上司などに「大丈夫か?」と訊かれたら、どんな時でも必ず「大丈夫」と答える。
  • 自分のペースを乱されると腹が立つ。
  • 大きな声で怒る人が嫌い。

いくつかピックアップしてみたが、こんなような質問が180個もあった。

「かっつん、なんかこのテスト変わってるね」

「でしょう。なんか今流行ってる本なんだよ」

かなり昔に出版された本で「エニアグラム」という心理分析について書かれている。

人はそれぞれ、9つに分類できる「欲望・考え・世界観」のいずれかの特徴や囚われを持っている、とのこと。

特徴や囚われは、例えば「知識」「安全」「特別」「楽しさ」などなど。

100年以上の歴史を持つかなりちゃんとした心理分析の手法で、一流企業や大学の入社・入学テストでも採用されている。

180問のテストは15分ほどかかった。

「とりあえず終わったよ」

「よし、じゃあ集計してあげるよ」

かっつんは楽しそうに僕のテストの集計をする。

結果は、どうやら僕は「タイプ3」に該当するらしい。

「やっぱアズタはタイプ3かぁ。思ったとおり!」

競馬の予想が当たったと言わんばかりにかっつんは嬉しそうな表情だ。

「タイプ3ってどんな性格なの?」

「じゃあ読んであげるよ」

かっつんはまずタイプ3の長所を読んでくれた。

仕事は有能で、効率的、リーダーシップが取れる。

「……なんかさ、それ俺じゃないみたい……当たってないよ、その心理テスト」

ちょっとだけ嬉しさをかみ締めながら言った。

内心は、当たっているかも、と思っていた。

「まあまあ。短所も読むから、もうちょっと付き合えって」

「うん……」

かっつんが短所を読み進めていくと、次第に僕の顔は真っ青になっていった。

今までずっと背け続けてきた僕の短所を、誰かに突きつけられた感じだった。

僕はそんな人間じゃない! と叫びたくなるような衝動。

「かっつん、そんなの俺じゃないよ!」

「そう? これ、完璧アズマじゃん」

その本は、自己顕示欲が強く、人の尊敬を集めたいのがタイプ3だと言うのだ。

自分を認めてもらえないと、落ち込む人間。

たえず人の気持ちよりも効率・能率を重視する合理主義者。

いつも「成功」に囚われている。

美咲との会話がいくつも思い返される。

ああ、僕は、美咲の前で「成功している自分」「できる自分」の虚像を作ろうとしていただけなんだ。

実際はまったく違うのに。

だから、「お前はダメなヤツ」と否定されること、認められないことが僕には大きなショックだったのだ。

なぜか、涙が出そうになった。

何より、かっつんがそんな僕を知っていることがショックだった。

「この本、美咲も読んだけど、やっぱりアズマはタイプ3だって言ってたよ」

僕はかっつんの家を飛び出した。

 

この本を信じるも信じないも自由だと思うが、その本には紛れもなく僕自身のことが書かれていた。

それは偶然かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

ただその本は僕にとって、自分自身を受け入れようと努力するきっかけになった。

そして、「僕が思っている自分」と「他人から見ている自分」は違う、という現実を19歳にしてはじめて気が付いたのだ。

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